祝☆8/1は榛名望聖誕祭

明日8/1は月影の鎖“榛名望”の誕生日です!
……そんな訳で、一日早いですがこちらをお借りして、望月に続き榛名誕生日特別SSを公開させて頂きます。
今回は榛名が猪口に羊羹貰った事件の詳細がのぞけちゃうSSになります。
残月島に来る前、二人がどんな経緯で仲良くなったのか……興味のある方は是非ご覧になってみてください。
二人のお誕生日のお祝いをして下さった全ての方に感謝を申し上げながら……

暑い夏の日にぴったり(?)
榛名のSSは続きからご覧くださいませ♪





それはとある夏の日のことだった。

(セミ、五月蠅いなぁ……)
そんなことを考えながら、僕はぼんやりと流れる白い雲を追って歩いていた。
すると何かに額をぶつけて、今更我に返った。
見れば、そこにあったのは和菓子屋の軒先の柱だった。
……そこから繋がっていくように思い出すのは、つい先日の出来事だった。


――『こんな所で寝転がってないで家に帰れ』
見ず知らずの他人に、突然そんな不躾な言葉を吐いたそいつと知り合ったのはごく最近のことだった。
いつものように空き地の草の上に寝転んでいると、そいつは唐突に僕の目の前に顔を覗かせたのだ。
身に纏う制服を見ればそいつが士官学校に通う学生なのは一目瞭然で、
如何にも優等生といったその出で立ちも無駄に溢れる気品も、僕みたいなろくでなしにはまず出せないものだった。
こういう奴の鬱陶しいところは、自分の正義を信じて疑わないこと。
自分とはほど遠い考え方の人間もいるということを大概理解出来ないことだ。
だから僕は首を横に振って嫌だと答えた。
そもそも僕には居場所などない。『家』なんて形ばかりで、誰も僕の帰りを喜んでなんてくれない。
別に今更僅かにだって希望を抱いている訳ではないけれど、
見たくもない現実を突きつけられるより自ら見えないようにしている方が気も楽なのだ。
構われるのも鬱陶しくて無視を決め込み、目をそらす。それなのに……。

変な奴だと思った。
優等生のエリート様なら僕みたいな人間を見下すだろうし、
純粋でお綺麗な人間なら『人間は皆、話すことでわかり合える』なんてお花畑みたいな考え方をするだろう。
どちらにせよ、無視を続けていればその内折れるだろうと踏んでいたが、相手は全くそんなことを気にしなかった。

僕が話を聞いているとでも思っているのか、一人自分のことを話し続けていた。
……確かに聞く気などないが、勝手に耳に入ってくるのだからたまらない。
だったら自分の方が退けば良いのかも知れないが、自分から移動するのは何だか負けた気がして嫌だった。
元々この場所は僕の気に入りの場所だ。それを自ら譲る気など毛頭ない。
……今は、自分の出身地について話しているらしい。僕の知らない場所だ。

「……あのさ、そんなこと僕に話してどうすんの?」
『ああ、聞いていたのか』
「聞く気なんてなくても、声が大きいから勝手に耳に入ってくるんだよ」
『【家】は良い場所だと、話していたんだ。……あ、今のは家というより故郷の話だったな』

訳の分からない照れ笑いを浮かべ、後頭部を掻く相手。
やはり、誰にとっても『家』とはそういうものであるという認識をしている純粋培養のお坊ちゃんのようだ。

「世の中、君みたいに円満な家庭ばかりだと思わない方が良いと思うけど」
『……別に俺の家だって円満なばかりじゃないさ』
「水準が違うんだよ。大体、そんな学校に通わせてもらってる時点で恵まれてんだろ。……これだからボンボンは嫌いなんだ」
『なら、お前は家庭に問題があるから幸せではないとでも?』
「……少なくとも、君よりは問題あるよ」

……家庭も僕自身の人格も。

不意に家のことが頭を過ぎって苛立った。
ボンボン相手にこんな気持ちにさせられること自体が気に入らない。
僕はなるべく平静になろうと小さく呼吸をすると、相手から視線を逸らす。
そして立ち上がり再び相手を視界に入れた時には睨み付け、鼻で笑った。
こうすれば、流石に怖がって何処かへ行くだろう。
こういう人種は、得てして威圧すれば何処かへ逃げる。
自分と違う考えの人間がいることなど、認めたくないからだ。

それなのに、相手はそれでも怯えた様子一つ見せずに話を続けた。
それも今度は自分の話ではなく、僕に質問攻めするような形で。少し話してしまったことを後悔した。

……ずっと無視をしていたが、それでも彼は表情一つ変えずにただ僕の答えを待ち続ける。
相手がこの場を自ら立ち去るように『用はないのか?』とか、『話なんて聞いても無駄だ』とか、
こちらからも時たま口に出したが、まるで僕の言いたいことなど分かっているとでも言いたげに笑い『問題ない』と繰り返すだけ。
だから段々と、意地を張り続ける自分の方が子供っぽく感じられるようになってきた。
こんなはずじゃなかったのに、こいつは一体なんだと言うのだろう。
何だか腹立たしかった。如何にも自分が優位に立っているといった面に苛々して……。

「君に関係ないだろ?」
『……?』
「僕がどんな生活送ろうが、君に関係ないだろつってん――あ……」

一気にまくし立てようとして力を入れて、声を荒げればお腹が鳴ってしまった。
押さえ込もうとしてもわき上がる羞恥に、視線が行き場をなくす。……そういえば、朝から何も食べていない。
唇を噛みしめた。……自分は何をしているのだろう。
もう優等生だろうとボンボンだろうと、逃げたとか負けたとか後ろ指を指されても構わない。
そうだ、元より誰かの人生に登場する気などさらさらないのだから、
そんなことでどうこう考えている自分の方がよっぽど恥ずかしいではないか。

僕はその場を立ち去るように背を向けたが、しかし思い切り手首を掴まれてしまった。
更には流石士官学校の生徒だとでも言えば良いのだろうか、その力が無駄に強い。
なんとかその手を離させようとあの手この手を尽くすが、何も通用しなかった。
それこそ、『未確認飛行物体が空を飛んでいる』なんて分かりやすい嘘まで吐かされて、
……流れる雲と一緒に流れていってしまいたいくらいいたたまれなかった。

「……なんだよ、もう。笑うつもりなら笑えば良いだろ」
『? お前は何を言っているんだ? 俺はただこの場に残らせる為に手を取っただけだ』
「残らせるのは笑う為だろ! 大体帰れって言ったのはそっちだしさ! ……それとも何、もっと酷いことでもする気?」
『? 俺には何が何だか……。俺はただ、美味い羊羹があるから、一緒に食おうというだけだ』
「……は?」

思わず漏れてしまった間の抜けた声。その上、懐からでも出すのかと思えば反対方向に走っていく男。
驚いてその背に何のつもりだと問えば、彼は『寮に戻って取ってくる』と言い出したのだ――。


気付けば、僕は目の前の栗羊羹を手にしていた。
両親……と呼ぶことすら烏滸がましいあの人達は他に何もしてくれないけれど、必要最低限のお金だけは用意してくれる。
だから、今握りしめたお金も、使おうとすれば使えるのだ。
別に特別栗羊羹が好きな訳ではないけれど、
何もない状態で声を掛けるよりは何か用事があるように見せかけた方が、話しかけるのにも都合が良い。
一緒に食べたのだから、少なくとも羊羹が嫌いな訳ではないはず。

話を聞いてみたかった。
だって彼はただの金持ちボンボンじゃないと知ってしまったから。
静かに夢を語りながら、……その過程に通う士官学校を、ただ順風満帆に過ごしている訳じゃないと知ってしまったから。
陰湿な虐めにあっても何も言い返さないなんて感情的な僕には信じられないけど、
でもただ弱虫なだけの人間はあんな目をしない。だから、どんな思いを抱えて過ごしているのか、知ってみたいのだ。
……こんな風に、誰かの記憶に残るようなこと、するつもりはなかったのに。

「すみません、栗羊羹二つ下さい」






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